「河内長野市」の版間の差分

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不明金の発覚時期について、市は、2012年8月のシステム変更時としていたが、実際には、この約1年半前に、不審な多額支出が担当の生活福祉課内では把握されていたことになる。「エラー」として放置した上司は「あり得ない額で、間違いと思った。認識が甘かった」と説明した。
 
不明金の発覚時期について、市は、2012年8月のシステム変更時としていたが、実際には、この約1年半前に、不審な多額支出が担当の生活福祉課内では把握されていたことになる。「エラー」として放置した上司は「あり得ない額で、間違いと思った。認識が甘かった」と説明した。
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=== 生活保護費2億6000万円着服に使われた課内の「印鑑550本」の“異様” ===
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[[生活保護]]費をめぐる不正に揺れた大阪府河内長野市。約2億6千万円の巨額の保護費を着服していた宮本昌浩(44)=業務上横領罪で起訴、公判中=の審理がゆっくりと進行する中で、市が原因究明と再発防止策を諮問している外部調査委員会が中間答申をまとめた。この中で判明したのは、市の生活保護費を所管する生活福祉課に、領収書偽造に使用した[[印鑑]]約550本が保管されていたこと。課員の多くが印鑑の存在を把握していた。さらに、別の課員がこの印鑑を使って領収書を偽造し生活保護費を不正支出していたことも判明。同市の不正の根はかなり深そうだ。
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外部調査委員会は2013年11月から委員会を定期的に開き、宮本の生活福祉課の上司や同僚のケースワーカーら関係者のヒアリングなどを実施して、中間答申をまとめた。
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外部調査委の中間答申で新たに指摘されたのが、課内に約550本の印鑑が保管されていたこと。宮本が領収書の偽造に使用していたという。「職場の人が全員というわけではないが、印鑑があることをわかっていた」と[[新倉明]]委員長([[弁護士]])は指摘。課内が「異常な雰囲気」だったとした。
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宮本が犯行を続けることができた当時の職場環境について、中間答申では「不審な点について原因を徹底的に調査、解明して対策を取る雰囲気でもなく、有能と評価されていた宮本を増長させ、被害を増大させた遠因」と結論づけている。
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宮本の2億6千万円の着服については、保護費の支給額を決定する電算システムの業務と経理事務を宮本被告が兼務していたときのもので、本来の経理担当者が[[産休]]のときだった。[[2001年]]から生活保護所管課に在籍していた宮本は、この経理担当者が最初の産休をとった[[2005年]]、[[2006年]]にも不正支出を行っており、被害総額はさらに大きくなる可能性がある。
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「やった本人が一番悪い。善良な人であればこの制度でも大丈夫だが…」。中間答申後の新倉委員長は記者会見でこう述べた。
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これまでも指摘されているように、宮本が電算システムと経理事務を兼ねていたことを新倉委員長は「本件を引き起こした最大の原因」と指摘。その上で「上司のチェック、日頃の点検がまったく行われていないに等しい状況だった」と強調した。
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一方、課内での別の不正行為も明らかになった。40代の男性主査が[[2005年]]9月から[[2011年]]6月までの間、受給者が窓口に保護費を取りに来なくなったのに、受給者が保護費を受け取ったかのように領収書を偽造するなど、計約268万円の保護費を不正支出していた。約268万円は使われずに課内に保管されており、実質的な損害はなかったが、こちらもずさんな管理態勢が背景にあったとみられ、この領収書偽造にも課内に保管されていた印鑑が使用されていた。
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この男性主査は「忙しくてわずらわしかった」と説明している。
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宮本の事件の公判については、[[大阪地裁]]堺支部で審理が進行中。2014年1月の初公判で宮本は起訴内容を認めたが、その後も追起訴が続いており、証人尋問や本人質問には至っていない状況だ。
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起訴状などによると、宮本は、例えば[[2010年]]1月だけでも計20回、1回あたり10~60万円を、市役所内の[[ATM]](現金自動預払機)から引き出し着服している。ほぼ毎日、犯行を重ねていたことになる。
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今ひとつはっきりしない動機は何か。初公判で明らかになった調書からは、幼少時から質素な生活を余儀なくされ、「金は使うことより保全に意味がある」などと供述していることが判明。着服した金は、派手に消費するためのものではなかったようだ。
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ただ、宮本の弁護人は初公判終了後に「(動機は)いろいろ。検察の指摘がすべてとは思えない」と述べている。
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一方、弁済について市は、2億6千万円だけでなく、今後の調査で確定させる横領額や民法上の年5%の遅延損害金、事件の調査に要した費用などをの支払いを請求すると発表。市の担当者は「(宮本の)資産の範囲内で2億6千万円プラスアルファの分の支払いは十分可能性と見込んでいる」としている。
  
 
=== 大阪府議会 ===
 
=== 大阪府議会 ===

2014年9月13日 (土) 13:54時点における最新版

河内長野市(かわちながのし)は、大阪府南河内地域に位置する

また、観光地としては奥河内という名称が使われ、滝畑四十八滝岩湧山などの大自然、観心寺金剛寺、そして高野街道などの歴史的価値のある史跡や建造物が残るほか、楠木氏ゆかりの地としても知られており、全国の市町村において12位の文化財を有している。

概要[編集]

大阪都心まで約30分、関西国際空港へは約1時間という交通至便の地にありながら、市を囲む山並みは壮観で、市内に居ながらにして大自然を満喫できることなどから、市制施行以降、市内にニュータウン(新興住宅地)などが造設され、多くの人がベッドタウンとして居住している。

週刊東洋経済の「日本のいい街ランキング」によると2012年発表の総合ランキングで全国788市中149位(大阪府内33市中8位)と2010年の288位より大きく成績を上げた。同誌の「安全・安心な街ランキング」においては、大阪府内で第1位を記録している。

また、河内長野市は、爪楊枝(つまようじ)の産地としても知られており、全国の爪楊枝の生産の大半がここ河内長野で行われている。

地理[編集]

南に和泉山脈がある。和泉山脈の向こう側は奈良県和歌山県で、奈良県側は五條市、和歌山県側は橋本市伊都郡かつらぎ町にそれぞれ接している。河内長野市は、北を頂点とした三角形の市域を形づくっている。大阪府内で3番目に広い面積を持っている。(面積:109.61km²(東西16.3km 南北15.8km)

その面積の7割は森林で、石川や石見川など河川沿いに平野が開け、北に向かって河内平野に続いている。市域の大部分は砂岩地帯、肥沃な土壌と内陸性の湿潤温暖な気候があいまって、稲や野菜、果樹の栽培に適していると言われている。

  • 河内長野市の位置と海抜
    • 位置:東経135度34分 北緯34度27分
    • 海抜:最高924.2m 最低76m
  • 山:岩湧山
  • 河川:石川、石見川

隣接している自治体・行政区[編集]

大阪府

奈良県

和歌山県

※河内長野市と和歌山県を直接結ぶ道路として河内長野〜橋本間には、「国道371号線」が、また河内長野〜かつらぎ間には、「大阪府道・和歌山県道61号堺かつらぎ線」がある。なお「大阪府道・和歌山県道61号堺かつらぎ線」については、途中の府県境で蔵王峠(ざおうとうげ)というを経由する事になっている。

自然[編集]

市域では、2002年に身近な自然環境(生物種)の調査が実施されている。その結果によると環境省レッドデータブック等に貴重種に指定されているものも生息している。また、1981年にはオオサンショウウオが発見されている。市域の昆虫についても、ホタルカブトムシをはじめ多くの種類が生息している。

河内長野市域に生息する貴重な生き物(2007年度調査・生物種)
分類 種名 カテゴリ 分類 種名 カテゴリ 分類 種名 カテゴリ
哺乳類 ニホンリス 要注目 鳥類 カワウ 要注目 鳥類 ハイタカ 要注目
ムササビ 準絶滅危惧種 ササゴイ 準絶滅危惧種 ノスリ 要注目
カヤネズミ 要注目 チュウサギ 要注目 サシバ 準絶滅危惧種
キツネ 準絶滅危惧種 オシドリ 要注目 クマタカ 絶滅危惧種I類
爬虫類 イシガメ 要注目 タシギ 準絶滅危惧種 ハヤブサ 要注目
アオダイショウ 要注目 アオバト 要注目 ヤマドリ 準絶滅危惧種
ヒバカリ 情報不足 ツツドリ 準絶滅危惧種 コチドリ 絶滅危惧種II類
両生類 カスミサンショウウオ 絶滅危惧種II類 ホトトギス 準絶滅危惧種 イカルチドリ 絶滅危惧種II類
ブチサンショウウオ 準絶滅危惧種 フクロウ 絶滅危惧種II類 ケリ 要注目
イモリ 要注目 カワセミ 準絶滅危惧種 クサシギ 準絶滅危惧種
ニホンヒキガエル 要注目 アオゲラ 準絶滅危惧種 イソシギ 準絶滅危惧種
ヤマアカガエル 準絶滅危惧種 アカゲラ 要注目 ヤマシギ 準絶滅危惧種
シュレーゲルアオガエル 要注目 オオアカゲラ 絶滅危惧種II類 サンショウクイ 絶滅危惧種II類
カジカガエル 要注目 センダイムシクイ 準絶滅危惧種 カワガラス 準絶滅危惧種
魚類 タカハヤ 要注目 セッカ 準絶滅危惧種 ミソサザイ 絶滅危惧種II類
ドジョウ 絶滅危惧種II類 キビタキ 準絶滅危惧種 コルリ 要注目
シマドジョウ 要注目 オオルリ 準絶滅危惧種 クロツグミ 絶滅危惧種II類
メダカ 絶滅危惧種II類 コサメビタキ 情報不足 トラツグミ 絶滅危惧種II類
ミサゴ 要注目 サンコウチョウ 準絶滅危惧種
ハチクマ 絶滅危惧種II類 コガラ 準絶滅危惧種
オオタカ 絶滅危惧種II類 ゴジュウカラ 絶滅危惧種II類
ツミ 絶滅危惧種II類 クロジ 準絶滅危惧種

歴史[編集]

古くから渡来人などが居住した場所でも知られ、遣隋使として中国に渡った高向玄理の出身地でもある。律令制において河内国(河州とも言われる)に含まれ、錦部郡を中心に編成されており、南河内地方にあたる。楠木正成天誅組で登場する地域でもある。幕藩時には狭山藩、近江膳所藩(河内西代藩)、伊勢神戸藩の所領であった。

旧石器・縄文・弥生時代
  • 2万年前頃 - 三日市遺跡や高向遺跡から、この時期の国府型ナイフ形石器が出土した。
  • 9000年前頃 - 三日市遺跡や小塩遺跡から、この時期の押型文土器が出土した。
  • 3000年前頃 - 宮山遺跡でこの時期の竪穴住居、三日市北遺跡でこの時期の大型竪穴住居が検出された。
  • 1000年前頃 - 三日市遺跡から、この時期の船橋式土器が出土した。
  • 紀元前元年頃 - 三日市北遺跡で、この時期の円形型竪穴住居30棟以上のムラの存在が確認された。
  • 3世紀頃 - 大師山遺跡では高地性集落が営まれていた。
古墳時代
  • 4世紀頃 - 大師山古墳が築かれる。三日市北遺跡で、この時期の方形竪穴住居が検出された。
  • 5世紀頃 - 三日市一号墳が築かれる。三日市北遺跡で、この時期の須惠器、カマドをもつ竪穴住居が検出された。
  • 6世紀頃 - この時期の三日市三号墳から鳥や人物、盾などの形象埴輪が出土している。三日市遺跡では、この時期の炭窯が検出された。高向遺跡で大型の掘立柱建物群が検出された。
飛鳥・奈良時代
  • 699年文武天皇3年) - 錦部郡鳩原の犬養広麻呂、白鳩献上。鳩原村の名の由来となる。
  • (寺伝)701年〜704年(大宝年間) - 役小角により雲心寺(のちの観心寺)が創建されるという。
  • (寺伝)729年749年天平年間) - 行基により金剛寺が創建されるという。
平安時代
  • (寺伝)815年弘仁6年) - 空海が雲心寺の寺号を観心寺と改め、本尊如意輪観音坐像を刻むという。観心寺に現存する如意輪観音像は作者は不明だが、様式的に平安時代前期の作とされる。
  • 827年天長4年) - 真紹が観心寺伽藍を整備する。
  • 854年斉衡元年) - この年から実恵弟子真紹が観心寺で毘廬遮那仏を造立しはじめる。
  • 883年元慶7年) - 観心寺が「観心寺縁起資財帳」(国宝)を勘録する。
  • 1054年天喜2年) - 蟹井神社が創建される。
  • 1132年天承2年) - 観心寺が鳥羽院の御祈願所となる。
  • 1158年保元3年) - 内大臣藤原忠雅・忠親が高野街道(長野)を通り、高野山へ参詣する。
  • 1165年永万元年) - 和泉国大鳥郡出身の僧阿観が、金剛寺の再建を志し、後白河院に奏上する。
  • 1172年承安2年) - 阿観が弘法大使の御影供を始める。また高野山より丹生・高野両明神を勧請する。(金剛寺の中興開山)
鎌倉時代
  • 1180年治承4年) - 金剛寺が八篠女院(鳥羽天皇皇女)の祈願所となる。
  • 1207年建永2年) - 金剛寺開山阿観上人没
  • 1222年貞応元年) - 金剛寺領和田庄が成立する。
  • 1232年貞永元年)- 和田助盛が金剛寺領和田庄を春日社に寄進する。
  • 1254年建長6年) - 金剛寺五代学等阿鑁が番匠美野則元に木造高座を2基を作れらせる。
  • 1279年弘安2年) - 金剛寺楼門の二天像(重要文化財)が造立される(胎内銘)。
  • 1280年(弘安3年) - 「高野山満衆評議々定」に天野酒の記述が残される。
  • 1314年正和3年) - 金剛寺大門落慶法要
  • 1323年元亨3年) - 金剛寺法会に茶と茶菓子が準備される(近畿でも早期の飲茶・茶産に関する記録)
  • 1332年元弘2年・正慶元年) - 楠木正成が金剛寺からの戦勝祈祷の巻数贈呈に答礼する。河合寺城・石仏城・紀見峠砦・国見城などが築城されたとされる。
南北朝・室町時代
  • 1334年建武元年) - 楠木正成が従五位下に昇叙し、河内・和泉の守護職となる。
  • 1340年興国3年・暦応5年) - 後村上天皇が観心寺僧中へ領家職を安堵する。
  • 1342年正平2年・貞和3年) - 高師直・師泰が河内に進軍を開始する。
  • 1348年(正平3年・貞和4年) - 高師泰が天野仁王山城で和田助氏と合戦する。
  • 1349年(正平4年・貞和5年) - 高師直が畠山国清を河内・和泉両守護に推挙する。
  • 1354年(正平9年・文和3年) - 北朝三上皇らが金剛寺に遷り、観蔵院を御座所とする。後村上天皇が金剛寺に入る。御座所は摩尼院。
  • 1360年(正平15年・延文5年) - 畠山国清軍が金剛寺に襲来する。
  • 1382年弘和2年・永徳2年) - 畠山基国が楠木正儀討伐のため河内に進撃する。また、河内守護に補任される。
  • 1383年(弘和3年・永徳3年) - 楠木正儀が長慶天皇の観心寺七ヶ村の預所職を観心寺に施入の綸旨を施行する。
  • 1435年応永8年) - 日野観音寺の大般若経六百巻写経が完成する。
  • 1435年永享7年) - 観心寺七郷炭売、守護所に出訴。炭焼の生産化・商売化。
戦国時代
  • 1480年文明12年) - 烏帽子形八幡神社の社殿が建立される。
  • 1576年天正4年) - この頃より上方でキリシタンが増加、烏帽子形城を中心に信者が300人ほど存在した。
  • 1583年(天正11年) - 豊臣秀吉が天野山を検地。
  • 1584年(天正12年) - 豊臣秀吉が金剛寺へ初めての天野酒の礼状を送る。岸和田城主中村孫平次が豊臣秀吉の命により烏帽子形城を普請する。
  • 1594年文禄3年) - 当市域で検地がされる。豊臣秀吉により観心寺に25石、金剛寺に307石の寺領を寄進する。
江戸時代
  • 1624年寛永元年) - 当市域に多くの膳所藩領が成立。(石川氏領)
  • 1648年慶安元年) - 寺ヶ池の拡張・修築工事を開始する。
  • 1649年(慶安2年) - 中村与次兵衛が市村新田開発に着手する。
  • 1659年万治2年) - 「寺ヶ池用水法度書」が作成される。
  • 1677年延宝5年) - 浄厳が父道雲俗宅の地に延命寺を建立する。
  • 1679年(延宝7年) - 膳所藩主本多康将が二男忠恒に1万石を与え分ける。当市域の鬼住・長野・西代など15ケ村が西代藩本多忠恒領になる。三田浄久「河内鑑名所記」が刊行される。
  • 1691年元禄4年) - 蓮体が清水村に地蔵寺を建立する。(修復の説もある)
  • 1695年(元禄8年) - この年までの間に河合寺村に福田家住宅(府指定有形文化財)が建てられる。(寛永期の説もある)
  • 1702年(元禄15年) - 河内の元禄国絵図が完成する。
  • 1705年宝永2年) - 旗本小出氏が復活する。
  • 1711年正徳元年) - 西代藩本多忠統が西代村に移り住み、藩陣屋を構築する。
  • 1732年享保17年) - 西代藩本多氏が伊勢神戸に転封。これに際し、村民が送別に西代神楽(市指定無形民俗文化財)を奉納する。
  • 1753年宝暦3年) - この頃から、農村で綿の百姓繰りが行われるようになる。
  • 1756年1760年(宝暦6~10年)市村・市村新田と小山田村の間で寺ヶ池水論が発生する。
  • 1762年(宝暦12年) - 三日市宿大火
  • 1788年天明8年) - 干鰯高値等の問題で摂津・河内両国22郡836ヶ村が国訴。(この後も度々国訴が起こる)
  • 1801年享和元年) - 秋里籬島「河内名所図会」が刊行される。
  • 1807年文化4年) - 滝畑村で凍豆腐の製造が始まる。
  • 1824年文政7年) - 摂津・河内・和泉の1307ヶ村の採種・綿実に関する最大規模の国訴。
  • 1843年天保14年)6月1日 - 幕府より河内国にも上知令が出され騒然とするが、閏9月7日に撤回の幕命が出される。
  • 1854年嘉永7年) - 天保山沖にロシア船が進入。滝畑村など狭山藩領の農兵が出兵。
  • 1863年文久3年) - 天誅組の変。長野村の東条昇之助(米屋吉兵衛)、内田耕平と八兵衛(武林八郎)、向野村の秦勝蔵(北辻良蔵)が天誅組に参加。
近代・現代
  • 1868年明治元年) - 鳥羽・伏見の戦いで、市域に落武者・落人が現れ、警戒するようになる。堺県が設置され、当市域も含まれる。
  • 1870年(明治3年) - 当市域の一部が新設置の五條県に編入される。
  • 1872年(明治5年) - 五條県に編入された地域が堺県に編入される。錦部郡観心寺村を寺元村に編入。
  • 1873年(明治6年) - 堺県は学制による小学校設置に着手し、当市域では河州第六番~第一一番小学の6校が開校する。
  • 1875年(明治8年) - 錦部郡上岩瀬村と下岩瀬村が合併して岩瀬村となる。
  • 1881年(明治14年) - 堺県が廃止され、大阪府に合併し、市域は大阪府に属するようになる。
  • 1883年(明治16年) - 錦部郡野村と惣作村が合併して野作村となる。
  • 1886年(明治19年) - 錦部郡新町村を石仏村に編入。
  • 1889年(明治22年)4月1日 - 町村制施行により、錦部郡長野村市新野村天野村三日市村川上村天見村加賀田村高向村が発足。
    • 長野村 - 長野村、古野村、原村、西代村、野作村、上原村が合併
    • 市新野村 - 市村、向野村、市村新田が合併(合併は1888年(明治21年))
    • 天野村 - 小山田村、下里村、天野山村が合併
    • 三日市村 - 三日市村、片添村、小塩村、上田村、喜多村が合併
    • 川上村 - 河合寺村、寺元村、鬼住村、鳩原村、太井村、小深村、石見川村が合併
    • 天見村 - 天見村、流谷村、岩瀬村、清水村が合併
    • 加賀田村 - 加賀田村、石仏村、唐久谷村が合併
    • 高向村 - 高向村、日野村、滝畑村が合併
  • 1896年(明治29年)4月1日 - 郡の統合により、南河内郡が成立。
  • 1898年(明治31年)4月2日 - 高野鉄道により大小路駅(現在の堺東駅)~長野駅(現在の河内長野駅)間が開業される。大阪府が郡制を実施し、南河内郡郡会議員選挙が実施される。
  • 1902年(明治35年)12月 - 河南鉄道により柏原駅~長野駅(現在の河内長野駅)間が開業される。
  • 1907年(明治40年) - 村社廃合令により南河内郡各地の神社で合祀が行われる。
  • 1908年(明治41年) - 高野山鉄道と地元有志の出資により長野遊園地(現・長野公園)が開園。
  • 1910年(明治43年)9月1日 - 長野村が町制施行。南河内郡長野町となる。
  • 1914年大正3年)10月21日 - 高野登山鉄道の長野駅~三日市町駅間延伸とともに三日市町駅が開業される。
  • 1915年(大正4年)3月11日 - 高野登山鉄道の三日市町駅~橋本駅間延伸とともに千早口駅天見駅が開業される。
  • 1916年(大正5年)4月1日 - 市新野村が千代田村に改称。
  • 1930年昭和5年) - 大師山古墳発見。市域初の考古学的調査。
  • 1938年(昭和13年)2月11日 - 大阪陸軍幼年学校の移転に伴い、南海鉄道の滝谷駅 - 長野駅間に新設。
  • 1940年(昭和15年)6月1日 - 千代田村、天野村を長野町に編入。千代田に大阪陸軍幼年学校が復活。
  • 1941年(昭和16年) - 国民学校令施行に伴い、市域11小学校は国民学校と改称される。
  • 1944年(昭和19年) - 大阪市田辺国民学校などの児童が集団疎開に来る。
  • 1948年(昭和23年) - 長野町警察署(現河内長野警察署)が自治体警察として正式発足。
  • 1949年(昭和24年) - 爪楊枝生産が復興。全国の爪楊枝の大部分は河内長野市で生産。
  • 1954年(昭和29年)4月1日 - 長野町、三日市村、川上村、天見村、加賀田村、高向村が合併。大阪府下で18番目に市制を施行して、河内長野市となる。
    • 市名は長野県長野市との重複を避けるため、旧国名の河内を冠して、河内長野市となった。
    • 市制施行当時の人口は31,052人であった。
  • 1965年(昭和40年) - 河内長野市消防署が発足。
  • 1966年(昭和41年) - 滝畑ダム建設工事始まる。
  • 1969年(昭和44年) - 大師山古墳発掘調査開始。前方後円墳だと判明。 市の木「楠」と市の花「菊」が選定される。
  • 1971年(昭和46年) - 天野山金剛寺僧坊酒として名高い「天野酒」の銘柄が西條合資会社によって復活される。
  • 1981年(昭和56年) - 滝畑ダムの竣工、貯水を開始する。
  • 1984年(昭和59年) - 小学校の学校給食が開始される。 複線化に伴い天見駅付近の線路が廃線に。美加の台駅が新設される。
  • 1989年平成元年) - 河内長野駅前再開発、ノバティながのがオープン。
  • 1992年(平成4年) - 市立文化会館ラブリーホールがオープン。
  • 1994年(平成6年) - 米国インディアナ州カーメル市と国際姉妹都市提携。
  • 1998年(平成10年) - 市のシンボルキャラクター「モックル」誕生。
  • 2002年(平成14年) - 市民交流センターと図書館の複合施設「キックス」がオープン。
  • 2007年(平成19年) - 三日市町駅前再開発、フォレスト三日市がオープン。千早赤阪村が財政難で編入合併を要請し、5月に合併協議会を設置。
  • 2009年(平成21年)8月14日 - 千早赤阪村の編入合併は、千早赤阪村議会の合併特別委員会で、村議から反対意見が相次いだことを受け撤回される。
  • 2011年(平成23年)11月1日 - エリアメールを導入し、市内向けに災害・避難情報の配信を開始する。
  • 2013年(平成25年) - 河内長野駅およびバスターミナル周辺のリニューアル工事が完了する。

姉妹都市・提携都市[編集]

カーメル市アメリカ合衆国インディアナ州

以前から交流を重ねていた市内の清教学園中・高の姉妹校があるカーメル市と1994年4月8日姉妹都市提携の調印が行われ、交流がスタートした。

カーメル市は人口50,000人程度の小さな都市であり、州都インディアナポリス市のベッドタウンである。

行政[編集]

「1人に5000万支給」上司放置…生活保護費不明[編集]

大阪府河内長野市で2011年3月までの約2年間に生活保護費約2億6600万円が使途不明になり、40歳代の男性職員が業務上横領容疑で大阪府警に事情聴取された疑惑で、職員が生活保護の担当課から同年4月に別の部署に異動する直前、元受給者の1個人に一度で約5000万円を支給したとする会計処理をしていた。

この支給について同月、別の職員が不審に思って上司に報告したが、上司は「エラー」として放置。結果的に問題発覚を遅らせる形になり、市の管理体制が問われそうだ。

使途が不明な支出記録が2009年1月~2011年3月に1326回あり、一部は庁内の現金自動預け払い機(ATM)から引き出されていた。

問題の約5000万円はこのうちの1回で、電算システム上、職員の異動発令前日の2011年3月31日に支給されたことになっていた。不明金については、大半が申請書がない一方、偽造されたとみられる領収書は残っていたが、領収書に対応するシステム上の処理がなされていない分が約5000万円あった。

市は、急に異動が決まった職員が、それまでにシステム上の処理をしないまま、複数回にわたって無断で引き出した同額分について、金額上のつじつまを合わせ、発覚を逃れようとしたとみている。

不明金の発覚時期について、市は、2012年8月のシステム変更時としていたが、実際には、この約1年半前に、不審な多額支出が担当の生活福祉課内では把握されていたことになる。「エラー」として放置した上司は「あり得ない額で、間違いと思った。認識が甘かった」と説明した。

生活保護費2億6000万円着服に使われた課内の「印鑑550本」の“異様”[編集]

生活保護費をめぐる不正に揺れた大阪府河内長野市。約2億6千万円の巨額の保護費を着服していた宮本昌浩(44)=業務上横領罪で起訴、公判中=の審理がゆっくりと進行する中で、市が原因究明と再発防止策を諮問している外部調査委員会が中間答申をまとめた。この中で判明したのは、市の生活保護費を所管する生活福祉課に、領収書偽造に使用した印鑑約550本が保管されていたこと。課員の多くが印鑑の存在を把握していた。さらに、別の課員がこの印鑑を使って領収書を偽造し生活保護費を不正支出していたことも判明。同市の不正の根はかなり深そうだ。

外部調査委員会は2013年11月から委員会を定期的に開き、宮本の生活福祉課の上司や同僚のケースワーカーら関係者のヒアリングなどを実施して、中間答申をまとめた。

外部調査委の中間答申で新たに指摘されたのが、課内に約550本の印鑑が保管されていたこと。宮本が領収書の偽造に使用していたという。「職場の人が全員というわけではないが、印鑑があることをわかっていた」と新倉明委員長(弁護士)は指摘。課内が「異常な雰囲気」だったとした。

宮本が犯行を続けることができた当時の職場環境について、中間答申では「不審な点について原因を徹底的に調査、解明して対策を取る雰囲気でもなく、有能と評価されていた宮本を増長させ、被害を増大させた遠因」と結論づけている。

宮本の2億6千万円の着服については、保護費の支給額を決定する電算システムの業務と経理事務を宮本被告が兼務していたときのもので、本来の経理担当者が産休のときだった。2001年から生活保護所管課に在籍していた宮本は、この経理担当者が最初の産休をとった2005年2006年にも不正支出を行っており、被害総額はさらに大きくなる可能性がある。

「やった本人が一番悪い。善良な人であればこの制度でも大丈夫だが…」。中間答申後の新倉委員長は記者会見でこう述べた。

これまでも指摘されているように、宮本が電算システムと経理事務を兼ねていたことを新倉委員長は「本件を引き起こした最大の原因」と指摘。その上で「上司のチェック、日頃の点検がまったく行われていないに等しい状況だった」と強調した。

一方、課内での別の不正行為も明らかになった。40代の男性主査が2005年9月から2011年6月までの間、受給者が窓口に保護費を取りに来なくなったのに、受給者が保護費を受け取ったかのように領収書を偽造するなど、計約268万円の保護費を不正支出していた。約268万円は使われずに課内に保管されており、実質的な損害はなかったが、こちらもずさんな管理態勢が背景にあったとみられ、この領収書偽造にも課内に保管されていた印鑑が使用されていた。

この男性主査は「忙しくてわずらわしかった」と説明している。

宮本の事件の公判については、大阪地裁堺支部で審理が進行中。2014年1月の初公判で宮本は起訴内容を認めたが、その後も追起訴が続いており、証人尋問や本人質問には至っていない状況だ。

起訴状などによると、宮本は、例えば2010年1月だけでも計20回、1回あたり10~60万円を、市役所内のATM(現金自動預払機)から引き出し着服している。ほぼ毎日、犯行を重ねていたことになる。

今ひとつはっきりしない動機は何か。初公判で明らかになった調書からは、幼少時から質素な生活を余儀なくされ、「金は使うことより保全に意味がある」などと供述していることが判明。着服した金は、派手に消費するためのものではなかったようだ。

ただ、宮本の弁護人は初公判終了後に「(動機は)いろいろ。検察の指摘がすべてとは思えない」と述べている。

一方、弁済について市は、2億6千万円だけでなく、今後の調査で確定させる横領額や民法上の年5%の遅延損害金、事件の調査に要した費用などをの支払いを請求すると発表。市の担当者は「(宮本の)資産の範囲内で2億6千万円プラスアルファの分の支払いは十分可能性と見込んでいる」としている。

大阪府議会[編集]

  • 選挙区:河内長野市
  • 選出議員:西野修平(大阪維新の会)

市長[編集]

市議会[編集]

  • 議員定数18人
    • 議長:高岡優子、副議長:峯満寿人、監査委員:土井昭
    • 在任期間:2012年4月29日 - 2014年4月28日(第15期)
    • 委員会:総務常任委員会、都市環境・経済常任委員会、福祉教育常任委員会、予算常任委員会、決算常任委員会、議会運営委員会、広報委員会
    • 河内長野市議会のページ

市章・市民歌[編集]

市章
  • 1954年昭和29年)7月に公募し、同年8月1日に市章として採用。
  • 大阪府を外郭に表し、中央には河内長野市の「長」の文字を配している。全体としては、の形をしている。
市民歌
  • 1955年(昭和30年)8月1日に制定。
  • 「河内長野市市民歌」(作詞:安西冬衛 作曲:野口源次郎 編曲:高橋半)
  1. 仰げ金剛 むすべ石川
    すがたけだかく 流れ清らに
    われらは誇る この山この川
    河内長野 河内長野市
    いのち とわに あたらし
  2. かおれ楠 におえ桜よ
    心ゆかしく しずくあきらに
    われらは愛(お)しむ この風この土
    河内長野 河内長野市
    光 つねに あまねし
  3. こぞれ生産 勢(きお)え人びと
    行くて明るく のぞみ豊かに
    われらは讃(たと)う この市(まち)この幸(さち)
    河内長野 河内長野市
    文化日々に にぎわし

シンボルキャラクター[編集]

河内長野市には、「モックル」というシンボルキャラクターがある。1997年平成9年)〜1998年平成10年)に市民から募集したデザイン349点・愛称535点の中から決定された。デザインについては、市の木「クスノキ」と、市の資源である「」をモチーフに擬人化したもので、また、愛称については、市の豊かな自然を表す「木(モク)」と、人・まち・緑でつくる夢の「輪・仲間(サークル)」との造語である。「モックル」という名称は、モクモクと広がる市の未来をイメージさせる弾んだ語感だという。河内長野市は、市域の大部分が森林なので、モックルは、河内長野市の特徴をよく表している。

市民憲章[編集]

河内長野市民憲章は、1967年(昭和42年)11月3日に制定されている。

金剛、葛城、岩湧とつらなる山山にかこまれた河内長野市は、清らかな山河と、澄み切った大気のなかで、貴重な文化財を伝えてきたゆかしいまちであり、また、進取と不屈の精神をもって、新しい都市を建設しつつある、力強くたくましいまちです。
わたしたちは、このまちの市民であることに誇りをもち、心あわせて、さらに美しく住みよいまちにするため、ここに、この市民憲章を定めました。

  • わたしたちは、恵まれた自然を愛しましょう
  • わたしたちは、豊かな文化財に学びましょう
  • わたしたちは、生産することの価値をたたえましょう
  • わたしたちは、新しい世代に役だつ人となりましょう
  • わたしたちは、人人との交わりを大切にしましょう

都市宣言[編集]

  • 青少年健全育成都市宣言
  • 健康都市宣言
  • 非核平和都市宣言
  • 人権擁護都市宣言
  • 交通安全都市宣言
  • 河川を美しくする都市宣言
  • 教育立市宣言(全国で3番目)

経済[編集]

産業[編集]

河内長野市では、豊かな森林資源を活かした爪楊枝(つまようじ)やすだれ産業が盛んであった。中でも爪楊枝は明治時代から河内長野市の地場産業として発展し、現在でも全国で使用される爪楊枝の国内生産量の約95%を占めている。ただし、輸入品に押され国産爪楊枝の絶対数自体が減少している。 古くから鋳物生産も行われており、工業団地やモリ工業周辺を中心に可鍛鋳鉄ステンレスなどの製造業が盛んである。さらに、僧坊酒として天野酒が知られており、西條酒造で復刻が行われている。

産業人口としては第3次産業が多く大阪外環状線を中心に大型商業施設、ロードサイド型の飲食店や小売店などが連なる。また市制施行以降に河内長野市へ移り住んできた人々の多くは、大阪市堺市などの大都市の企業などへ勤めている。南海高野線橋本まで行ける事から、橋本市五條市などへ通勤している人もいるほか、国道170号線大阪外環状線)で隣接する和泉市へのでのアクセスも容易な事から、「ハローワーク河内長野」(河内長野市昭栄町7-2)にテクノステージ和泉立地企業からの求人情報も多く掲載されている。

2009年現在の事業所数は2,993事業所、事業者数は26,405人。以下は産業別事業者数の推移。

事業者数 2000年 2005年 2009年
第一次産業 11 4 60
第二次産業 5,963 5,088 5,254
第三次産業 21,587 21,678 21,091

郷土産業・特産品[編集]

金融機関[編集]

農協[編集]

  • JA大阪南
    • 河内長野支店
    • 千代田支店
    • 高向支店
    • 三日市支店
    • 加賀田支店
    • 高向営農経済センター

日本郵政グループ[編集]

(2012年12月現在)

  • 河内長野郵便局(喜多町) - 集配局。
  • 河内長野野作(のさく)郵便局(野作町)
  • 三日市郵便局(三日市町)
  • 河内長野美加の台郵便局(美加の台)
  • 河内長野南花台(なんかだい)郵便局(南花台)
  • 河内長野緑ケ丘郵便局(緑ケ丘中町)
  • 河内長野青葉台郵便局(北青葉台)
  • 河内長野高向(たこう)郵便局(高向)
  • 河内長野松ケ丘郵便局(松ケ丘中町)
  • 河内長野本町郵便局(本町)
  • 千代田郵便局(楠町東=くすのきちょうひがし)
  • 河内長野千代田台郵便局(千代田台町)
  • 川上簡易郵便局(鳩原)
  • 滝畑簡易郵便局(滝畑)
  • 天見(あまみ)簡易郵便局(清水)
  • 加賀田簡易郵便局(加賀田)
  • 大阪支店 イズミヤ河内長野店内出張所(喜多町)(ATMのみ/ホリデーサービス実施)
その他簡易郵便局を除く各郵便局にATMが設置されており、河内長野・千代田の各郵便局ではホリデーサービスを実施。

※河内長野市内各区域の郵便番号は「586-00xx」(河内長野郵便局の集配担当)となっている。

名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事[編集]

令制国河内国の最南に位置することから、河内長野市を中心とした山麓エリアの観光地を隣接する千早赤阪村をまとめて奥河内としている。

古い町並みが残る高野街道や、観心寺金剛寺などの歴史的建造物、金剛山岩湧山などの豊かな森林自然や滝畑四十八滝などが代表される。また市内では天然温泉が出るため、過去の温泉地としての名残が見られる。

名所旧跡[編集]

神社・寺院[編集]

  • 観心寺(国の史跡)
    • 金堂、木造如意輪観音坐像、観心寺縁起資材帳の3件の国宝のほか、建造物、仏像など多くの文化財を有する。
  • 金剛寺(国の史跡)
    • 延喜式(3巻)、延喜式神名帳、剣(無銘、平安時代)の3件の国宝のほか、建造物、仏像など多くの文化財を有する。
  • 延命寺
    • 木造釈迦如来立像(重要文化財)、延命寺の夕映もみじ(市指定天然記念物)
  • 岩湧寺
    • 岩湧寺多宝塔(重要文化財)、木造大日如来坐像(重要文化財)、岩脇寺のカヤ(市指定天然記念物)
  • 興禅寺の木造阿弥陀如来坐像(重要文化財)
  • 地蔵寺(府指定名勝)
  • 月輪寺の木造薬師如来坐像(府指定有形文化財)
  • 光滝寺(市指定名勝)
  • 観音寺
  • 安明寺
  • 増幅寺
  • 真教寺
  • 彌勒寺
  • 妙長寺
  • 三嶽神社
  • 八坂神社
  • 白山神社

街道・建築物[編集]

自然・公園[編集]

観光施設・資料館[編集]

  • 関西サイクルスポーツセンター
  • 花の文化園
  • 岩湧の森「四季彩館」 : 岩湧山にあるセンターハウス。
  • 河内長野市立ふるさと歴史学習館(くろまろ館)
    • 市立ふれあい考古館[2]と市立郷土資料館[3]が合併
  • 市立林業総合センター「木根館」
  • 天野山フルーツパーク
  • つまようじ資料室
  • すだれ資料館
  • 小深の里

行事[編集]

河内長野だんじり祭り[編集]

祭礼日は、10月体育の日の前日および前々日。主に堺型・住吉型の地車が数多く存在する。地車の後輪を持ち上げ、そのバランスを取りながら勢いよく地車を回転させる「ぶん回し」は圧巻。

宮入神社およびその氏子区
三日市地区
千代田地区
  • 千代田神社-市町西・市町東・木戸本郷・楠・千代田石坂・松ヶ丘・向野
長野地区
高向地区
加賀田地区
岩瀬地区

高野街道まつり[編集]

河内長野駅から三日市町駅までの高野街道や両駅の周辺、烏帽子形城などにおいて、毎年10月に開催されるイベントである。奥河内観光のひとつとして認識されている。

そのた年間行事[編集]

  • 十日えびす
  • 後村上天皇献茶祭
  • 観心寺本尊御開帳
  • 正御影供
  • 青葉祭
  • 河内長野市民まつり
  • 楠公祭
  • 西代神楽
  • 日野獅子舞
  • 馬かけ神事
  • 松明立神事
  • 楽市きらく市

教育[編集]

全国で3番目に施行した教育立市宣言の理念から特に子育て支援に力が入れられており、全校区で小学校3年生からの英語教育と中1ギャップ解消のための小中一貫教育の実施、、大阪府では少ない中学校給食の導入などが行われている。小中学校の各普通教室には、天吊りプロジェクター、OHC(書画カメラ)、ユニット型電子黒板 とPCが設置されており、各教室の無線・有線LANなどを通じてPC教室のサーバからデジタルコンテンツを利用できるようになっている。

市立美加の台小学校内にあるメディアセンターが中心になって、 市内の全小学校で中華人民共和国ベトナムなどの学校とのテレビ会議による国際交流授業を行うなど先進的な取り組みがされている。

乳幼児に対しては子育て支援施設の充実や乳幼児医療費援助、延長保育(12時間)の実施、一時保育や放課後児童会の充実などが取り組まれている。

また、子どもの安全・安心な環境づくりの推進として、防災・災害情報や不審者情報等の緊急情報の電子メール配信、こども110番の家の拡大や、青少年指導員など地域の青少年育成団体のや市民等による見回り活動に加え、2006年度から「青色防犯パトロール車」による巡回など活発に行われている。

大学[編集]

高等学校[編集]

中学校[編集]

公立
私立

小学校[編集]

幼稚園[編集]

公立
私立
  • 奈良佐保短期大学附属河内長野幼稚園
  • くすのき幼稚園
  • 勝山愛和青葉台幼稚園
  • おしお幼稚園
  • えぴーく幼稚園

保育所[編集]

公立
  • 千代田台保育所
  • 汐の宮保育所(H26年4月より社会福祉法人運営)
私立
  • 天野山保育園
  • 高向保育園
  • 聖愛保育園
  • 長野保育園
  • 大典保育園
  • ちづる保育園

子育て支援[編集]

  • 子ども・子育て総合センター「あいっく」(ノバティながの内)
  • 河内長野市子ども交流ホール(ノバティながの内)
  • 子育て支援センター ちよだだい
  • 河内長野市子ども教育支援センター
  • 河内長野市教育相談センター
  • 河内長野市教育相談室 やまびこ
  • 河内長野市適応指導教室(ゆうゆうスペース)
  • つどいの広場 子育て支援ルーム「ふぁんふぁーれ三日市」
  • KEF市民協働サポートセンター みんなのいえ「ふぁんふぁーれ千代田」
  • つどいの広場 子育て支援ルーム「ほのぼのルーム大矢船」

地域[編集]

市域をその特性に合わせて区分すると、北部(市街地部)、中部(丘陵部)、南部(山林部)に3区分される。

北部(市街地部)
千代田駅河内長野駅三日市町駅の周辺を中心とした地域で、市制施行前から市街地を形成していたため、比較的古い町並みや工業地域が多く残る。近年は、丘陵部やその周辺のニュータウン開発の影響から、主な商業地行政公共施設などはこの地域に集積する傾向にある。また、大阪外環状線沿いや駅周辺は、大中型の商業地域として発展しつつある。
中部(丘陵部)
三日市町駅美加の台駅を中心とした地域で、主に広域型のニュータウンと農地や里山等の農空間から構成されている。また、農空間や府営長野公園等の緑地は、周辺の市街化から保護するため、市街化調整区域となっている。
南部(山林部)
千早口駅天見駅を中心とした地域で、当市の特徴である豊かな自然環境が多く残っており、また、近郊緑地保全区域鳥獣保護区に指定されている。また、林業の地としての側面も持ち合わしている。

ニュータウン[編集]

北部や中部の丘陵地帯を中心に、小中規模のニュータウンが民間企業によって多く造成された。平成20年3月末現在の市内全体の開発面積は約798.8haで、世帯数は22,204世帯、人口は58,016人であり、市内全体の人口に対して半分以上を占めている。現在規模の大きいものには南海美加の台や南花台、青葉台などがある。

人口[編集]

平成22年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、4.03%減の112,518人であり、増減率は府下43市町村中39位、72行政区域中66位

新規ニュータウンの造成等で世帯数は連続的に増加しているが、少子高齢化の影響で1世帯あたりの人口数が減少する傾向にある。

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河内長野市と全国の年齢別人口分布(2005年) 河内長野市の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 河内長野市
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
河内長野市(に該当する地域)の人口の推移
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総務省統計局 / 国勢調査
現在の人口
  • 平成25年4月の人口は112,840人(男性:53,740人、女性:59,100人、世帯数:47,226世帯)
    • 河内長野市が発表した平成25年4月の住民基本台帳人口(外国人を含む)に基づく

地価公示[編集]

2013年の平均地価公示の住宅地区分は68,942円/m2(27標準地)、商業地区分は120,920円/m2(5標準地)と隣接する大阪狭山市や富田林市に比べると低いが、地価の下落率でみると南河内地域で2番目に良い値となっている。住宅地区分の最高値は113,000円/m2。以下は地域別の平均値。

  • 千代田地域 - 82,943円/m2
  • 汐ノ宮地域 - 67,100円/m2
  • 長野地域 - 72,333円/m2
  • 三日市地域 - 64,733円/m2
  • 西地域 - 43,850円/m2
  • 加賀田地域 - 35,550円/m2

地価公示対前年平均変動率をみると南河内地域の中では、大阪狭山市に次いで高い値を記録しているが、一時期はリーマン・ショックや中心街にあるノバティながのの一時休店などの影響で、2010年に商業地で-5.3%、2011年に住宅地で-4.6%の下げ幅を記録していた。その後順調に持ち直し、2013年には商業地が-1.5%、住宅地が-1.7%と年々変動値が上昇する傾向にある。

芸術・スポーツ[編集]

音楽
  • ミレニア吹奏楽団
  • ママさんブラスMilkTea
スポーツ

スポーツ施設[編集]

  • 河内長野市立大師総合運動場(大師グラウンド)
  • 河内長野市立市民総合体育館
  • 赤峰市民広場(赤峰公園)
  • 河内長野市立天野少年球技場
  • 下里総合運動場
  • 寺ヶ池公園野球場
  • 河内長野市立荘園庭球場
  • 河内長野市立大師庭球場
  • 寺ヶ池公園庭球場
  • 烏帽子形プール(烏帽子形公園内)
  • 寺ヶ池公園プール
  • 河内長野市立武道館
  • 寺ヶ池公園ゲートボール場

文化施設[編集]

  • キックス(kiccs)
市民交流センターと図書館の複合施設であり、またその愛称としても呼ばれる。下記のような施設の中には、多目的スタジオ、食工房、創作工房、ホワイエ、イベントホール等があり、予約をすれば誰でも使用することができる。
  • ハローワーク河内長野
  • 河内長野市立文化会館(ラブリーホール)
  • 公民館
    • 河内長野市立千代田公民館
    • 河内長野市立天見公民館
    • 河内長野市立加賀田公民館
    • 河内長野市立高向公民館
    • 河内長野市立南花台公民館
    • 河内長野市立三日市公民館
    • 河内長野市立天野公民館
    • 河内長野市立川上公民館
  • コミュニティセンター
    • 河内長野市立小山田コミュニティセンター(あやたホール)
    • ノバティホール(河内長野駅前市民センター)
    • 河内長野市立三日市市民ホール(フォレスト三日市内)
    • 河内長野市立清見台コミュニティセンター(くすのかホール)
    • 河内長野市立日野コミュニティセンター(みのでホール)
  • 南花台ふれあいプラザ(南花台西小学校内)[1]
  • 河内長野市立市民公益活動支援センター(るーぷらざ)

宿泊施設[編集]

交通[編集]

空港[編集]

鉄道[編集]

市内には以下の鉄道路線があり、中心となる駅は、奥河内の玄関口でもある南海・近鉄の河内長野駅で、高野街道を意識した内装になっているほか、特急も含めた全列車が停車する主要駅である。路線は市内を北から南東に縦断するため、東西方面へは、主に路線バスが利用される。

南海難波駅へは特急・急行で最短27分、新大阪駅へは南海難波駅から大阪市営地下鉄御堂筋線乗り換えで約40分の位置にある。近鉄大阪阿部野橋駅へは古市経由の準急で約40分だが、南海では新今宮駅からJR大阪環状線または同大和路線乗り換えで約35分で到着できる。

バス[編集]

路線バス[編集]

市内の路線バスはほとんどが南海バスが受け持っている。河内長野営業所の管轄で、河内長野市内の一般のバス路線に加え、河内長野市からの委託によりコミュニティバスモックルコミュニティバス日野・滝畑コミュニティバス、岩湧線の3路線)も運行している。

  • 南海バス

エアポートリムジンバス[編集]

  • 南海バス - Sorae
    • 出発 - 南海高野線河内長野駅
    • 到着 - 関西国際空港

深夜急行バス[編集]

堺営業所の管轄で大阪駅・難波駅から、深夜急行バス(南海深夜急行バス)を運行している。

  • 南海バス - 南海深夜急行バス
    • 出発 - 梅田・なんば
    • 到着 - 南海高野線千代田駅・河内長野駅・三日市町駅・美加の台駅

通学バス[編集]

以下への直通通学バスが発着している。

道路[編集]

高速道路[編集]

一般国道[編集]

大阪府道[編集]

主要地方道[編集]
一般府道[編集]

メディア[編集]

市内でも北部の市街地と南部の山林地域では受信状況が大きく異なり、一部では中継局によって受信が可能になっている地域がある。

テレビ
  • 北部の受信状況
  • 南部の受信状況
  • 地区によって受信状況が異なる主なチャンネル
    • サンテレビは市の北部全域と南部の一部を除く地域で受信が可能である。受信できない地区でもケーブルテレビに加入すれば区域外再放送で受信可能である。
    • NHK神戸放送局は市の北部で高利得アンテナを用いて受信が可能である。こちらはサンテレビと違い、ケーブルテレビの区域外再放送は実施されていない。
ラジオ
  • 市内にはコミュニティ放送は存在しない。
  • 受信状況
    • 放送対象地域の受信可能なAMラジオ局
    • 放送対象地域の受信可能なFMラジオ局
    • 受信できない地区でもケーブルテレビに加入すれば、有線でこれらの局を受信することができる。

出身有名人[編集]

ゆかりの人物[編集]

関連項目[編集]

脚注[編集]

  1. 自治会が運営

外部リンク[編集]

テンプレート:大阪府の自治体 テンプレート:河内長野市の地域